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『人間道楽』 2-2 1015

 

先に説明しましたように、

感情と理性で言えば、

感情が先に出てきます。

 

遅れて出てきた理性は、

その感情を論理的に

意味づけをしようとします。

 

この時に表面化した

ネガティブな怒りや、不安の感情

に対して理性は、どの様な

意味づけをするのでしょうか?

 

ネガティブな感情だからと

「悪い」というレッテルを

張り付けてしまうと

 

その基準で、悪いもの探しを

しなければいけません。

 

そんな態度を取らせた

相手の言動が悪い。

 

それ位の事で

怒ってしまった

自分の感情が悪い。

 

 

取りあえず、理性が納得するように

意味づけが行われるのです。

 

これは、本来の理性の望ましい

使い方とは言えません。

 

 

親と子の関係で簡単に

説明してみます。

 

お子さんをお持ちの方は

そのお子さんとの関係を

 

お子さんが、

いらっしゃらない方は

周りで関係の深いお子さんを

イメージしてみてください。

 

その子は、自転車に興味があります。

同じくらいの年齢の友達が

自由に自転車で遊んでいます。

 

行動範囲もうんと、

広くなってるようです。

 

 

とっても羨ましい。

 

自分も自転車に乗れることが

出来たなら、どんなに素敵だろう。

 

自分の世界が、

大きく変わるのじゃないか?

 

夢は、膨らみ自分が友達と

自転車に乗って出かける妄想に

耽ります。

 

 

理性が、もし危険だから

その考えは

悪いことだと判断したら。

どうでしょう?

 

確かに、自転車に乗ると交通事故の

確率は上がるでしょう。

ネガティブな方向にフォーカス(集中)

するといくらでも言い訳は出てきます。

 

親を基準で考えると、

子が自転車に乗ることは

不安だらけでしょう。

 

そうすると、

悪いというレッテルの上に

言い訳探しが始まります。

「危ない」

「自転車を買わなきゃいけない」

「絶対、怪我をする」

 

ダメと決めたら、

理性はその理由を見つけてくるのは

得意技です。

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