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『人間道楽』 6-5. 170517

6-5. 自我の羅針盤

 

自我は、元々 分離意識を育みます。

これは、自然の摂理として捉えることが出来ます。

 

ですから自我により、

己を個として認識する事になりす。

 

「あなた」が居て「僕」が居る。

と言うことですね。

 

 

ここでは、

自我を、個としての意識。

として

 

自我の中の「エゴ」を、利己的な意識。

として区別して説明を進めていきます。

 

個である自我は、自由な意識です。

 

それ故に、自然の摂理から

離れた動きも

可能となるのです。

 

これは、物心がついてから以降の

人間だけが与えられた

特性と言えるでしょう。

 

そうです。

つまり人間だけが、自然の摂理

従わない行動がとれるのです。

 

 

では、自然の摂理とは

この場合

何を意味するのでしょうか?

 

自我は、帰巣本能の様な

行き先を常に指し示す

羅針盤(方位を示すコンパス)

を持っています。

 

自然の摂理とは、

その羅針盤の指し示す方向へ

向かっている事であり。

 

その羅針盤の針は自分の

潜在意識の方向を

常に指し示しています。

 

 

簡単に表現すると

人生とは羅針盤を一つ持って

大海原で航海している様な

ものと捉えることが出来るのですね。

 

 

エゴの状態は、

羅針盤が、見えていても

そこには行きたくないと

無視している状態

と考えてみて下さい。

 

羅針盤の方向に

向いている時と

エゴにより羅針盤に従わない

方向を向いている時には

 

見える景色が異なっているのです。

 

羅針盤の方向を向いている時だけ

「有難い」と言う景色が観えてきます。

 

 

それ以外の方向を向いている時には

「当たり前」の景色が見えるのです。

 

当たり前の景色とは

 

身近に有るモノは、全て当たり前なので

無いものに意識を向けて

しまいます。

 

つまり、常に欠乏感に

さいなまれる航海を強いられる

ことになるのです。

 

この欠乏感から、

他者との比較にフォーカスします。

 

それは、

上下関係であったり。

主従関係。

優劣。

善悪。

損得勘定。

格差。

争いや、戦争。

……などなどになります。

 

 

これらの根底には、恐怖と言う感情が横たわり

そこから、いろんな二次的な感情が

生まれてきます。

怒りや、不安、恨み、嫉妬、後悔……

 

といった感情が次々と生まれてきます。

 

まるで、パンドラの箱の蓋を開けたような

世界が拡がるのですね。。。。()

 

これが、悩みの根源です。

 

 

舳(ヘサキ)を羅針盤に従って

進路をとってみると。

 

そこで観える景色は、

今の自分が如何に、

恵まれているかと言う事を

思い出させてくれます。

 

ですが、舳を潜在意識の方向へ

向けるという事は、

自分の心のキズと向き合うことに

なります。

 

 

そうなのです、嫌な自分と

向き合うことが

羅針盤に従う事になるのです。

 

だから、多くの人はエゴの中に

留まり続けようと

してしまうのですね。

 

 

そんな人々の中から

半強制的に、

羅針盤に従わざるを得ない

状況を実現させる方が現れます。

 

それは、命と向き合った方々です。

 

自分の命の有効期限を

宣告されたり、

 

大切な方の命と

離れなければならない経験をした方などは、

 

自分の嫌いな部分など

些細な事と捉えることが

出来るようになります。

 

そんな方と、お話しをすると

言葉に感情どころか

命を載せて届けてくれます。

 

 

命と向き合った方の

言葉は、

命と向き合って受け取ってください。

 

そうすれば、

この世界に、何一つ当たり前のモノなど

無いという事が、腑に落ちてきます。

 

身近なことなら、

呼吸ができること。

目が見えること。

指先一つ動くことまで

感謝の氣持ちが

湧き上がってくるはずです。

 

 

そうすると、

今いる世界が、全て違ったものに

観えてきます。

 

まるで、モノトーンだった

世界が、一氣に色彩を帯びたような

感覚を掴むことが出来るようになるのです。

 

 

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